摩訶般若波羅蜜経習応品第三
六、相応・不相応を見るべからずと説く
| 舍利弗。是菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 不見般若波羅蜜。若相應若不相應。 |
舎利弗。この菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 般若波羅蜜は例えば相応する、例えば相応しないと見ない。 |
| 不見檀那波羅蜜尸羅波羅蜜羼提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜。若相應若不相應。 | 檀那(ダーナ、布施)波羅蜜・尸羅(シーラ、持戒)波羅蜜・羼提(クシャーンティ、忍辱)波羅蜜・毘梨耶(ヴィーリャ、精進)波羅蜜・禅那(ディヤーナ、三昧)波羅蜜は例えば相応する、例えば相応しないと見ない。 |
| 亦不見色若相應若不相應。 不見受想行識。若相應若不相應。 |
また、物質的存在は例えば相応する、例えば相応しないと見ない。 感覚・知覚・意志・意識は例えば相応する、例えば相応しないと見ない。 |
| 不見眼乃至意色乃至法。眼色識界乃至意法識界。若相應若不相應。 不見四念處乃至八聖道分。佛十力乃至一切種智。若相應若不相應。 |
眼あるいは心、物質的存在あるいは現象、眼と物質的存在と視覚の領域あるいは現象と心と表象の領域は例えば相応する、例えば相応しないと見ない。 四つの観行から八つの正しい道、仏のもつ十の力から一切種智は例えば相応する、例えば相応しないと見ないのである。 |
| 如是舍利弗。當知菩薩摩訶薩與般若波羅蜜相應。 | このように舎利弗、まさに菩薩摩訶薩は般若波羅蜜と相応すると知るのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。 空不與空合。 無相不與無相合。 無作不與無作合。 何以故。 空無相無作。無有合與不合。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 空は空と合致せず、 無相は無相と合致せず、 無作は無作と合致しないのである。 なぜであろうか。 空・無相・無作に合致も不合致もあるということはないからである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是習應。是名與般若波羅蜜相應。 | 舎利弗、菩薩摩訶薩がこのように習い応ずる、これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。入諸法自相空。 入已色不作合不作不合。 受想行識不作合不作不合。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、諸々の事物自らの姿かたちは空〈であるという認知〉に入る。 入り終わると〈諸々の事物自らの姿かたちは〉物質的存在に合致することもなく、合致しないということもなく、 感覚・知覚・意志・意識に合致することもなく、合致しないということもないのである。 |
| 色不與前際合。何以故。不見前際故。 色不與後際合。何以故。不見後際故。 色不與現在合。何以故。不見現在故。 受想行識亦如是。 |
物質的存在は過去と合致しない。なぜであろうか。過去を見ないからである。 物質的存在は未来と合致しない。なぜであろうか。未来を見ないからである。 物質的存在は現在と合致しない。なぜであろうか。現在を見ないからである。 感覚・知覚・意志・意識もまた同じようである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 前際不與後際合。 後際不與前際合。 現在不與前際後際合。 前際後際亦不與現在合。 三際名空故。 |
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 過去は未来と合致しない。 未来は過去と合致しない。 現在は過去・未来と合致しない。 過去・未来はまた現在と合致しない。 三つの期間という名は空であるからである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是習應者。 是名與般若波羅蜜相應。 |
舎利弗。菩薩摩訶薩がこのように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 薩婆若不與過去世合。 何以故。 過去世不可見。 何況薩婆若與過去世合。 |
また次に舎利弗。菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 薩婆若(サルヴァジニャーナ:一切智)は過去世と合致しない。 なぜであろうか。 過去世は見ることができないからである。 どのように薩婆若は過去世と合致するというのであろうか。 |
| 薩婆若不與未來世合。 何以故。 未來世不可見。 何況薩婆若與未來世合。 |
薩婆若は未来世と合致しない。 なぜであろうか。 未来世は見ることができないからである。 どのように薩婆若は未来世と合致するというのであろうか。 |
| 薩婆若不與現在世合。 何以故。 現在世不可見。 何況薩婆若與現在世合。 |
薩婆若は現在世と合致しない。 なぜであろうか。 現在世は見ることができないからである。 どのように薩婆若は現在世と合致するというのであろうか。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是習應。 是名與般若波羅蜜相應。 |
舎利弗。菩薩摩訶薩がこのように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 色不與薩婆若合。色不可見故。 受想行識亦如是。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 物質的存在は薩婆若と合致しない。物質的存在は見ることができないからである。 感覚・知覚・意志・意識もまた同じようである。 |
| 眼不與薩婆若合。眼不可見故。 耳鼻舌身意亦如是。 |
眼は薩婆若と合致しない。眼は見ることができないからである。 耳・鼻・舌・身体・心もまた同じようである。 |
| 色不與薩婆若合。色不可見故。 聲香味觸法亦如是。 |
色は薩婆若と合致しない。色は見ることができないからである。 音・臭い・味・触・事物もまた同じようである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是習應。 是名與般若波羅蜜相應。 |
舎利弗、菩薩摩訶薩がこのように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 檀那波羅蜜不與薩婆若合。 檀那波羅蜜不可見故。 乃至般若波羅蜜亦如是 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 檀那波羅蜜は薩婆若と合致しない。 檀那波羅蜜は見ることができないからである。 さらに般若波羅蜜までもまた同じようである。 |
| 四念處不與薩婆若合。 四念處不可見故。乃至八聖道分亦如是。 |
四つの観行は薩婆若と合致しない。 四つの観行は見ることができないからである。 さらに八聖道分までもまた同じようである。 |
| 佛十力乃至十八不共法。不與薩婆若合。 佛十力乃至十八不共法不可見故。 |
仏のもつ十の力から十八の〈仏以外には〉具わらない事物は薩婆若と合致しない。 仏のもつ十の力から十八の〈仏以外には〉具わらない事物は見ることができないからである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是習應。 是名與般若波羅蜜相應。 |
舎利弗、菩薩摩訶薩がこのように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜。 佛不與薩婆若合。薩婆若不與佛合。 菩提不與薩婆若合。薩婆若不與菩提合。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 仏は薩婆若と合致しない、薩婆若は仏と合致しない、 菩提(ボーディ:覚り)は薩婆若と合致しない、薩婆若は菩提と合致しないのである。 |
| 何以故。 佛即是薩婆若。薩婆若即是佛。 菩提即是薩婆若。薩婆若即是菩提。 |
なぜであろうか。 仏はそのままで薩婆若であり、薩婆若はそのままで仏であり、 菩提はそのままで薩婆若であり、薩婆若はそのままで菩提であるからである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜如是習應。 是名與般若波羅蜜相應。 |
舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、このように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
著作 アルキメデスの館