摩訶般若波羅蜜経習応品第三
九、諸々の相応中、般若波羅蜜に相応するを最第一とすることを説く
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。法性不與空合。空不與法性合。如是習應。 是名與般若波羅蜜相應。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、事物の本性は空と合致しない、空は事物の本性と合致しない、というように習い応ずる、 これを般若波羅蜜と相応すると呼ぶのである。 |
| 復次舍利弗。菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。 眼界不與空合。空不與眼界合。 色界不與空合。空不與色界合。 |
また次に舎利弗、菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、 眼の領域と空を合致しない、空と眼の領域を合致しない、 物質的存在の領域と空を合致しない、空と物質的存在の領域を合致しない、 |
| 眼識界不與空合。空不與眼識界合。 乃至意界不與空合。空不與意界合。 法界不與空合。空不與法界合。 意識界不與空合。空不與意識界合。 |
視覚の領域と空を合致しない、空と視覚の領域を合致しない、 さらに心の領域と空を合致しない、空と心の領域までを合致しない、 事物の領域と空を合致しない、空と事物の領域を合致しない、 認知機能の領域と空を合致しない、空と認知機能の領域を合致しないのである。 |
| 是故舍利弗。是空相應名為第一相應。 舍利弗。空行菩薩摩訶薩。 不墮聲聞辟支佛地。 能淨佛土成就眾生。 疾得阿耨多羅三藐三菩提。 |
このゆえに舎利弗、この空の相応を第一相応と呼ぶのである。 舎利弗、空を行ずる菩薩摩訶薩は、 声聞・辟支仏の境地に堕ちないで仏国土を浄め、 衆生を救い上げ、 速やかに阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚することができるのである。 |
| 舍利弗。諸相應中般若波羅蜜相應。為最第一。 最尊最勝最妙為無有上。 |
舎利弗、諸々の相応の中で、般若波羅蜜に相応することを最第一とする。 最も尊く・最も勝れ・最も人智を超えており、この上あることがないのである。 |
| 何以故。 是菩薩摩訶薩行般若波羅蜜相應。所謂空無相無作故。 當知是菩薩如受記無異若近受記。 |
なぜであろうか。 この菩薩摩訶薩が般若波羅蜜への相応を行ずるのは、いわゆる空・無相・無作のためである。 まさにこの菩薩は受記されたのと異なることなく、あるいは受記に近いことを知るのである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩如是相應者。能為無量阿僧祇眾生作益厚。 | 舎利弗、菩薩摩訶薩がこのように相応すれば、数えることもできない阿僧祇ほどの衆生のために、手厚く利益を与えられる。 |
| 是菩薩摩訶薩亦不作是念。 我與般若波羅蜜相應。諸佛當授我記。我當近受記。我當淨佛土我得阿耨多羅三藐三菩提當轉法輪。 |
この菩薩摩訶薩は、また次のような考えを起こさないのである、 『私は般若波羅蜜と相応している。諸々の仏は、まさに私に記を授けるであろう。私はまさに受記に近い。私はまさに仏〈国〉土を浄めよう。私は阿耨多羅三藐三菩提を得て、まさに仏法の車輪を転じよう』 |
| 何以故。 是菩薩摩訶薩不見有法出法性者。 亦不見有法行般若波羅蜜。 |
なぜであろうか。 この菩薩摩訶薩は、事物が事物の本性から出るというように見ないようにすべきである。 また事物が般若波羅蜜を行ずることがあるというように見ないようにすべきである。 |
| 亦不見有法諸佛授記。 亦不見有法得阿耨多羅三藐三菩提。 |
また事物が諸々の仏に授記されることがあるというように見ないようにすべきである。 また事物が阿耨多羅三藐三菩提を得たことを自覚することがあるというように見ないようにすべきである。 |
| 何以故。 菩薩摩訶薩行般若波羅蜜時。不生我相眾生相。乃至知者見者相。 |
なぜであろうか。 菩薩摩訶薩が般若波羅蜜を行ずるとき、自我の姿かたち・衆生の姿かたちあるいは知者・見者の姿かたちは生じないのである。 |
| 何以故。 眾生畢竟不生不滅故。眾生無有生無有滅。若法無有生相無有滅相。 云何有法當行般若波羅蜜。 |
なぜであろうか。 衆生は、究極的には不生不滅であるから、衆生に生あることなく滅あることなく、あるいは事物に生の姿かたちがあることなく、滅の姿かたちがあることはないからである。 事物がまさに般若波羅蜜を行ずることがあるとは、どういうことであろうか。 |
| 如是舍利弗。菩薩摩訶薩不見眾生故。為行般若波羅蜜。 眾生不受故眾生空故。 眾生不可得故眾生離故。 為行般若波羅蜜。 |
このように舎利弗、菩薩摩訶薩は衆生を見ないから、般若波羅蜜を行ずるというのである。 衆生は受けないから、衆生は空であるから、 衆生は〈実体として〉認知することができないから、衆生は離れているから、 般若波羅蜜を行ずるというのである。 |
| 舍利弗。菩薩摩訶薩於諸相應中。為最第一相應。所謂空相應。 是空相應勝餘相應。 菩薩摩訶薩如是習空。能生大慈大悲。 |
舎利弗、菩薩摩訶薩は諸々の相応の中で、最第一の相応であるとするのは、いわゆる空の相応である。 この空の相応はその他の相応より勝れている。 菩薩摩訶薩はこのように空を習して、大慈大悲を生ずることができるのである。 |
| 菩薩摩訶薩。如是習相應。 不生慳心。 不生犯戒心。 不生瞋心。 不生懈怠心。 不生亂心。 不生無智心。 摩訶般若經卷第一 |
菩薩摩訶薩はこのように相応を習して、 物惜しみする心を生ぜず、 戒を犯す心を生ぜず、 怒る心を生ぜず、 怠る心を生ぜず、 乱れる心を生ぜず、 無智の心を生じないのである。 摩訶般若経巻の第一 |
著作 アルキメデスの館