摩訶般若波羅蜜経出到品第二十一
一、ブッダ、大乗として出て到り留まるものはないことを説く(一)
| 大正新脩大藏經は本経に関しては縮刷藏をその儘収録しているようである。縮刷藏には本品(高麗本)冒頭九百八十二字宋本に大異あり校訂甚難として相当部分八百九十九字を第六巻末に掲載しているが、このサイトではその部分をここにリンクする。 |
| 佛告須菩提。 汝所問是乘何處出至何處住者。 佛言。 是乘從三界中出。至薩婆若中住。以不二法故。 |
仏は須菩提に次のように説いた。 「汝は、この乗〈りもの〉はどこから出て到ってどこに留まるのかと質問した」(問乗品第十八参照) 仏がいった。 「この乗は三界の中から出て、薩婆若(サルヴァジュニャーナ、一切智)の中に到って留まる。二つに分けられない理法によるからである。 |
| 何以故。 摩訶衍薩婆若是二法。不合不散無色無形。無對一相。所謂無相。 |
どうしてであろうか。 摩訶衍(マハーヤーナ、大乗)と薩婆若がこの二つの理法であり、合せず散ぜず、物質的存在はなく形もなく、対するものもなく一つの姿かたちである。いわゆる姿かたちがないのである。 |
| 若人欲使實際出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、〈諸々の事物の〉究極的な真実を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使如法性不可思議性出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、諸々の事物の、あるがままの実体・固有の本性・思いはかることができない究極的な真実を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使色空出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、物質的存在が空であることを出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使受想行識空出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、感覚・知覚・意志・意識が空であることを出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 何以故。 須菩提。色空相不出三界。亦不住薩婆若。 受想行識空相不出三界。亦不住薩婆若。 |
どうしてであろうか。 須菩提。物質的存在は空という姿かたちであり三界から出ない、また薩婆若に留まらない。 感覚・知覚・意志・意識は空という姿かたちであり三界から出ない、また薩婆若に留まらない。 |
| 所以者何。 色色相空。受想行識識相空故。 |
何がその理由であろうか。 |
| 若人欲使眼空出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、眼が空であることを出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使耳鼻舌身意空出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、耳・鼻・舌・身体・心が空であることであることを出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使乃至意觸因緣生受空出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、さらに心と外界との接触により生じる判断が空であることを出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 何以故。 須菩提。眼空不出三界亦不住薩婆若。乃至意觸因緣生受空。不出三界亦不住薩婆若。 |
どうしてであろうか。 須菩提。眼は空であるから三界から出ない、また薩婆若に留まらない、さらに心と外界との接触により生じる判断は空であるから三界から出ない、また薩婆若に留まらない。 |
| 所以者何。 眼眼相空。乃至意觸因緣生受。意觸因緣生受相空故。 |
何がその理由であろうか。 眼、眼の姿かたちが空であり、さらに心と外界との接触により生じる判断、心と外界との接触により生じる判断の姿かたちが空であるからである。 |
| 若人欲使夢出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、夢を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使幻焰響影化出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、幻・陽炎・響・影・変化を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 何以故。 須菩提。夢相不出三界亦不住薩婆若。幻焰響影化相。亦不出三界亦不住薩婆若。 |
どうしてであろうか。 須菩提。夢の姿かたちは三界から出ない、また薩婆若に留まらない。幻・陽炎・響・影・変化の姿かたちは、また三界から出ない、また薩婆若に留まらないのである。 |
| 須菩提。若人欲使檀那波羅蜜出。是人為欲使無相法出。 | 須菩提。もしも人が、檀那(ダーナ、布施)波羅蜜(パーラミター、到彼岸、超越)を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 若人欲使尸羅波羅蜜羼提波羅蜜毘梨耶波羅蜜禪那波羅蜜般若波羅蜜出。是人為欲使無相法出。 | もしも人が、尸羅(シーラ、持戒)波羅蜜・羼提(クシャーンティ、忍辱)波羅蜜・毘梨耶(ヴィーリャ、精進)波羅蜜・禅那(ディヤーナ、三昧)波羅蜜・般若(プラジニャー、智慧)波羅蜜を出させようと欲するならば、この人は姿かたちのない事物を出させようと欲しているというのである。 |
| 何以故。 檀那波羅蜜相。不出三界亦不住薩婆若。尸羅波羅蜜乃至般若波羅蜜。不出三界亦不住薩婆若。 |
どうしてであろうか。 檀那波羅蜜の姿かたちは、三界から出ない、また薩婆若に留まらない。 尸羅波羅蜜さらに般若波羅蜜は、三界から出ない、また薩婆若に留まらない。 |
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所以者何。 |
何がその理由であろうか。 檀那波羅蜜、檀那波羅蜜の姿かたちが空であり、 尸羅波羅蜜・羼提波羅蜜・毘梨耶波羅蜜・禅那波羅蜜・般若波羅蜜、〈・・・〉般若波羅蜜の姿かたちの空であるからである。 |
著作 アルキメデスの館